カラオケの採点機はCD(レコード)の譜面通りに歌っているかどうかで採点しています。
カラオケで高得点を出したかったらアレンジを加えず、譜面通りに歌って下さい。
2012年5月13日日曜日
カラオケの全国ランキングゲームで高得点を出す方法 | OKWave
2012年5月12日土曜日
大阪教育基本条例はアメリカで破たんした落ちこぼれゼロ法とそっくりと指摘した報道番組VOICEに逆上する橋下氏(動画が削除されたので追記があります) | Afternoon Cafe
橋下氏がいたくご立腹のご様子です。彼のツイートから。
朝からMBSに怒り心頭だよ(笑)昨日のVOICEをチェックした。大阪教育改革を取り上げていたから。メディアは批判することが仕事だから批判は良いんだけど、今回は度を越している。これはメディアとして良いのかね。大阪の基本条例をアメリカの教育専門家に見せてコメント求めた
またですか。「メディアは批判することが仕事だから批判は良いんだけど」というのはこの人にとっては意味のない枕詞に過ぎないみたい、今回も「怒り心頭」です。この人、批判されて感情をむき出しにしなかったことってありましたっけ?
では、橋下氏が怒り心頭に達したという報道番組が本当に「度を越している」かどうかを見てみましょう。動画は削除されるかも知れませんのでお早めにご試聴ください。
◆2.16VOICE� ��米国流教育改革の落とし穴」
◆2.17VOICE「競争の果て...NY教育改革の実情」
【追記:動画が削除されたので報道内容を書き起こしたサイトを貼っておきます】
・2.16VOICE「米国流教育改革の落とし穴」
・2.17VOICE「競争の果て...NY教育改革の実情」
落ちこぼれ法案と教育基本条例の酷似は以前から指摘されていましたが、こうしてテレビで大きくとりあげられたのははじめてでしょうか?
報道内容は、大阪教育基本条例はアメリカのの落ちこぼれゼロ法、さらにはその前のサッチャー教育改革に酷似していること、アメリカの教育が落ちこぼれゼロ法でどうなったか、そしてイギリスではこの教育改革は失敗だったと認められ、既に多くの地域で国の学力テストをやめていること、アメリカでも失敗だったと認識され始め、徐々に軌道修正が始まっていること、などです。
番組では、アメリカの落ちこぼれゼロ法制定に携わり、現在ではあの法律は間違いだったという教育学者に去年10月の教育基本条例案を見せました(ちなみに見せる時点で教師の相対評価は絶対評価 に変わるかも知れないことを告げています)
彼女は条例の半分近くが教員の懲戒や免職に規定で占められていることに驚いていました。
①学力テストを実施、結果を公表し学校どうしを競争させる
②教員の評価を厳しくし、校長の命令に背いた場合免職もあり得る(日本なら君が代がネック)
と言う教育基本条例の特徴は、落ちこぼれゼロ法と共通している。
落ちこぼれゼロ法下でのやり方、情報を集め教師を処罰するという懲罰的態度、成績があがらずダメ学校の烙印を押されたら閉校、こういうやり方では成功しない、と彼女は断言します。
「大阪は同じ轍を踏むことになるだろう。せっかく教育改革する機会があるのなら私たちが歩いてきた10年間を繰り返して欲しくない」
2012年5月10日木曜日
リファレンス
seca - 様々な研究を支援
secaは国内、国外の様々な研究や実地調査を支援しています。世界中のスペシャリスト達がsecaの体重計や身長計を、正確な体重身長測定データを把握するために使用しています。
seca製品がサポートするプロジェク及び研究
Moby Dick – 肥満児の治療プログラム
secaは肥満予防センター"Moby Dick"と深い関わりをもっています。Moby Dickはドイツ全土で6歳から17歳までの肥満児に対して一年間のプログラムを提供し、その子供達は専門家が指導しています。メソッド全体は栄養指導、スポーツ、心理的サポートの3本の柱に基づいて行われております。です。このメソッドは理論と実践において、どのようにして食生活を変えられるかを示し、体を動かすことやスポーツの機会を与え、子供たちの自意識を強化する手助けをします。このプログラムを終えた子供達の72%がそのままの体重を維持しつづけています。
KiGGS
2012年5月9日水曜日
ドリームボックスと孤独社会 - 読書考察 -Reading Consideration-
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先日実際にあった会話。
- 知人A:「犬を飼おうと思ってさぁ」
- 知人B:「何でですか?」
- 知人A:「いやー家族が相手をしてくれないから、犬でも飼って生きがいを求めようかと」
- 知人B:「でも犬って高いですよ。お小遣い月3万円のAさんじゃ無理じゃないすっか?」
- 古谷:「保健所とか里親募集で探せばいいじゃないですか」
- 知人A:「えー誰かが要らなくなった犬でしょ?それ?なんか嫌だな」
- 古谷:「・・・・・」
こんにちは。
古谷です。
8月。夏休み真っ只中。毎年思う「夏ってこんなに暑かったっけ?」。熱中症を他人事にできない日々。お体にはお気をつけ下さい。と他人行儀な挨拶は置いといて、あなたは夏に関してどういう印象を持ってますか?子供の頃なら子供なりに、大人になれば大人なりに、その印象は変遷するかとは思いますが、今年の夏は「いま」しかないわけです。「いま」という瞬間を一生懸命楽しみたいですね。
で、早速本日の日常考察いってみたいのですが、今日取り上げる考察対象はテーマが深いです。多くの人間が如何に自分以外に興味がわかない人となってしまっているか、の現実を実感していただけるかもしれません。我々が普段生活している日常は多くの犠牲の上で成り立っています。ただ、その犠牲の中には犠牲になる必要がないものがあります。我々の勝手な利己心によって犠牲になっている命があるという事実を、本日は一緒に考察していきましょう。
1.ドリームボックスとは
直訳すると「夢の箱」。
実態は、動物の処分機です。ドリームボックスという名前を誰がつけたのか、どういう意味を持たせたのか、そんなものを考え・調べる必要もないくらい、腹立たしいネーミングです。実際に全国にある保健所・保護センターで、毎日1,000頭、年40万頭近くの動物がこのドリームボックスで殺処分されています。殺処分の方法も安楽死ではなく、二酸化炭素による窒息死です。その理由はコスト。二酸化炭素による窒息死だと1頭当たり78円だそうです。施設では鉄の檻に曜日毎に動物が収納され、毎日1日ずつ隣にずれていき、引き取り手が現れなかったら、通常3日でドリームボックスという名の穴に落され、殺処分となり、自動で焼却され、ゴミとして処分されます。
!doctype>2012年5月7日月曜日
CUnknown の使用
DirectShow は CUnknown と呼ばれる基底クラスの IUnknown を実装する。この CUnknown を使って他のクラスを派生し、コンポーネント間で変わるメソッドだけをオーバーライドできる。DirectShow の他の基底クラスのほとんどは CUnknown から派生するので、作成するコンポーネントを CUnknown または他の基底クラスから直接継承できる。
INonDelegatingUnknown
CUnknown は INonDelegatingUnknown を実装する。CUnknown は参照カウントを内部的に管理し、ほとんどの状況で派生クラスは同じ 2 つの参照カウント メソッドを実装する。CUnknown は参照カウントがゼロになるとそれ自体を削除する。その一方では、CUnknown::NonDelegatingQueryInterface をオーバーライドしなければならない。なぜなら、基底クラスのメソッドは IID_IUnknown 以外の IID を受け取ると E_NOINTERFACE を返すからである。派生クラスでは、次の例に示すようにサポートするインターフェイスの IID をテストする必要がある。
!doctype>2012年5月6日日曜日
三育学院ニュース 2009
ビーチベスパー
去る22日(金)のベスパーはビーチベスパーでした。本学から車で30分ほどの海へ学生と教職員が60名ほど参加してのベスパーでした。CMCの用意してくれたカレーを食べ、大自然の中でベスパーを持ちました。例年のように海に入る学生たち、またお互いに海に落としあってびしょびしょになりながらも楽しい交わりの時を持ちました。自然の中で神様と交わり、友人たちと交わる幸せな時。またこのような機会があれば、みなさんもぜひ参加してみてください。
MATSURI ~ONE~ スミルナOpen House
ユースワーシップ
23日(土)大河平記念ホールにおいて近藤光顕先生によってユースワーシップがもたれました。隣のグレンジャー講堂では神学科長:東出克己先生によって教会員のための礼拝がもたれました。それとは別にもたれているこの大河平記念ホールでのユースワーシップ。キリスト教の背景が無い学生の皆さんにもキリスト教とは、あるいは聖書とは、人生とは、神様とはなんだろうかと考えることのできる時間となります。ぜひユースワーシップに皆さんいらしてください。
看護学科3年生特別讃美歌の模様
春季宗教週間5
牧師室&CMCニュース
~ 2009年・春季宗教週間特集号⑤ 朝夕のお話から ~
◇5月13日(水) 春季宗教週間第3日目 朝
◎テーマ:「あなたを知っておられる神」
今朝のお話に入る前に、皆さんからの頂いた質問について考えてみたいと思います。
質問:「神様は、どうやって生まれたのですか? 生まれるのですか?」
これは、答えるのが難しい質問です。 「わかりません」と答えるのが正直なところかもしれません。
あえて答えるなら、神様は、生まれる必要がなかった、ということでしょう。なぜなら、神様は、永遠の昔から存在しておられるからです。
英語で、「生まれた」ということを、I was born と言います。これは、受動態です。自分の力で生まれたのではなく、何かの力によって生まれさせられたということです。
出産で、一番大変なのは、母親です。まさに、「産みの苦しみ」です。わたしの3人の子供は、皆、助産院で生まれました。出産で、一番情けないのは、父親です。せいぜい、妻の手をとって励ますぐらいしかできません。
誕生で、一つ言えることは、自分の力で生まれてきた人はいない、ということです。
母親をはじめ、何人もの人々の助けがあって、生まれてきたのです。
しかし、神様は、何者かの助けによって生まれる必要はありません。
神様は、(他の助けを借りずに)自ら存在なさる唯一のお方だからです。 旧約聖書に登場するモーセは、出エジプトのために、神様からの使命を直接受けるのですが、その場面で、神様は、「『わたしは、有って有る者』、『わたしは有る』というかたが、わたし(モーセ)をあなたがたのところへつかわされた」と言え、と言っておられます。(出エジプト記3章14節)
わたし達は、自分で存在することは不可能です。ですから、「わたしは有る」ということはできません。わたしたちは、自分の存在を、他者、また神様に依存しています。一人で生きることはできないのです。
どんな形でも、父母がいなければなりませんでした。また、食べ物でも、誰かが育ててくれたからこそ、口に入るのです。そこに至るまでに、何人もの手を通ってきています。 一枚のシャツも、何人もの手を経て、わたしたちの手に入るのです。
一人で生活できても、ひとりで生きることはできません。それを思うと、もっと日々の生活の中で、感謝すべきではないでしょうか。
何より神様に依存し、今与えられ、生かされていることを忘れないようにしたいものです。
しかし、神ご自身は、唯一、自ら存在なさる方なのです。 (これで少しは答えになったでしょうか)
さて今朝のテーマに入ります。
「神様は、私たちを本当に良くしっておられます」
娘が生まれたことについて話しました。この4月で小学校4年生になります。5,6年前に広島三育中学校や北浦三育中学校で、祈祷週の講師として行った時に、会った人たちがここにおられると思います。それだけ、時が経ったのですが、実感がありません。
4年生になった娘にとって、自分は父親でありながら、娘のことを知らないと思うことがあります。
私の知らない部分もありますし、娘も知られたくないことがあるかもしれません。夫婦、友人関係も同じではないかと思います。
自分でも、自分のことがわからずにいるのです。 ところが、神様は、誰よりも、あなたのことを知っておられます。 詩篇139:1-3,14(口語訳)を参照。
私たちは、神様の前では、裸同然です。隠せるものはありません。 私たちは、お互いの心の中は見えません。もし見えたら、人前に出られなくなるでしょう。
最近、犯罪やテロの問題があり、防犯カメラがあちこちに見られるようになりました。
都内でも、あちこちにありますが、防犯というより、監視カメラといった感じがなくもありません。
いつも、誰かが自分を見ている、これは心地の良いものではありません。
最近、GPS機能の携帯電話を子供に持たせ、子供が、いつ、どこにいるかをチェックするというのがあります。親がそこまでしないと、不安を払拭できない、そんな時代になりました。
しかし、すべてを知る神様の前では、防犯カメラもGPS機能付の携帯も必要ありません。
神様の視線は、何か悪いことをしていないかを調べる、監視の視線ではありません。
もっとやさしく、とてもあたたかいまなざしです。
神様は、また、あなたの名前を知り、呼んでおられます。
イザヤ書43:1,2で、神様は、「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのものだ」と言われます。
個人個人の名前は、他人と区別する存在として大事なものです。
インターネットで検索して、自分の名前を入力してみたことがおありでしょうか。全国で、同姓同名ということが結構あるものです。私の場合は、あと2人おられました。一人は、香川大学の教授でした。何だか不思議な感じです。それでも、自分自身であることを認識することができます。
3人の子供に名前をつけましたが、どんな名前にするか、悩みました。
私は小学校の頃、自分の名前が大嫌いでした。
当時、「やまぐちくんちの つとむくん」という歌があって、替え歌にされたからです。
大人になって、留学先でも、名前のことでこんな経験がありました。ニュージーランドでは、「つとむ」の「つ」が発音できず、ストームになるのです(嵐ですよね)。
ルーベックというお医者さんは、人は、名前を呼ばれることによって作られる、と言っています。
一生の間、何度も何千回も、呼ばれ、形作られていくのです。(イザヤ49:1,45:5)
妻が子供を妊娠中に、子供の名前を呼びました。しかし、神様も呼んでおられるのです。上の聖句にあったように、「母の胎内」にいるときから。
助産院で3人共生んだのですが、希望さえすれば、誕生の時まで、性別を知らずにいることもできます。それで、わたしたちは、そちらを選びました。どちらでもいいように、名前を考えていました。生まれたとき、顔を見て考えよう、というわけです。 でも、今は、妊娠のある時期になると、男女の判別が可能となりました。でも本来はわからないものです。 そして、わからないとき、神様は、すでに名前を呼んでおられる、これはスゴイことです!
カトリックの方で、教育者でもある渡辺和子先生と言う方がおられます。彼女は、名前を呼ぶことの大切さについて述べておられます。最近、家庭も、学校でも、名前を呼ぶことが少なくなりました。
私の妻は、今でも、私を、名前で呼んでくれます。妻に感謝しています。
私も家内を名前で呼びます。そのせいでしょうか、3歳になる子供が妻を名前で呼ぶことがあります。
マルチン・ブーバーという人が、「人生は、出会いで決まる」といいました。
人間には2つの関係があると言います。 一つは、我と汝(なんじ)、もうひとつは、私とそれ、です。
人間は、「あなた」という人格的な交わりがなければ、生きていくことはできません。 しかし、今は、人が物のように扱われる時代です。人の心は冷たく、人間らしさを失う時代です。
何年か前に、実の母親から、ずっと虐待を受けて育った人の話を読みました。
一番心につきささったのは、一度も名前を呼ばれたことがない、ということでした。その子は、'it'(イット、それ)と呼ばれていました。(itと呼ばれて、が日本語のタイトルでした)
本当に苦しかったと思います。今は幸せになっておられるそうですが、よくぞ、生きてきたな、と思います。
昨年、テレビの特集で、アメリカの刑務所での更生プログラムを放映していました。
受刑者一人一人に、犬の世話をさせます。 ある囚人がもらった犬は、飼い主から捨てられた犬でした。
最初は、ふてくされて、餌を与えても食べず、水ものみませんでした。
ある日、刑務官がアドバイスします。「この犬の名前を呼んでみろ」と。彼は犬の名前を呼びます。
その時、犬は初めて反応をしまします。呼び続けると、餌をたべるようになりました。やがて囚人と犬の間に心の交流が生まれ、お互いに持っている傷が癒されて行きました。 このプログラムに参加して出所した人の再犯率は、ゼロだそうです。 この話を通して、名前を呼び合う大切さを教えられました。
マルチン・ブーバーは、「人生は出会いで決まる」と言いました。
神との出会いは、決定的な出会いです。自分の全存在が神に知られていることを知ることです。
髪はあなたの名前を日々、読んでおられます。あなたの強さ、弱さ、失敗も成功も、罪も、みんな知っておられます。その上で、あなたを愛しておられるのです。
ですから、神様に知られているということは、ありがたいことであり、大きな励ましです。
人生には、喜びや幸せ、悲しみや悩みも経験するでしょう。
神様は、あなたのそれらの経験を、自分のことのように経験し、わかってくださるのです。
へブル人(ヘブライ人)への手紙4:15に、「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試練に会われたのである」と書かれています。
この「大祭司」とは、キリストのことです。イエス・キリストは、人の姿をとって、この世に来られた神であります。そしてキリストは、人が経験するすべての試練を、経験されました。十字架という最も苦しい試練をも。
イエス・キリストは、ご自分と私たちの関係を、羊飼いと羊にたとえておられます。
ニュージーランドという国は、国民の数よりも羊の数のほうが多いのです。私がお世話になった人は、200頭の羊をもっておられましたが、その一頭一頭を知っており、見分けていました。どうやって見分けるのか、聞いたことがあります。 その人が言うには、欠点を見て見分けるというのです。
片方の足に傷があるとか、お尻に禿があるとか・・・。
神様も、私たちの欠点や弱さを通して、私たちを知っておられます。神様は、あなたの弱さを支え、守り助けたいと思っておられます。 この神様の呼びかけに、ぜひ答えてほしいと思います。
三育学院教会牧師室(内線236)
牧師携帯 090-6342-3104
春季宗教週間4
!doctype>2012年5月4日金曜日
エアバッグ - Wikipedia
エアバッグ(Airbag)とは主として内部にて火薬を爆発させることによって生じた気体をバッグに送り込むことによって衝撃を吸収する装置のこと。
身近なところでは自動車の乗員保護システムの中の1つとしてエアバッグがあり、SRSエアバッグシステム(SRSはSupplemental Restraint System(補助拘束装置)の略)と呼ばれる。Supplemental(補助)とあるように、エアバッグはあくまでシートベルトをしていることを前提として作られている乗員保護システムの1つである。
初期には運転席にしか存在しなかったが、現在では助手席、側面からの衝突に対応するサイドエアバッグやカーテンエアバッグ、膝にかかる衝撃を緩和するためのニーエアバッグなどがある。(標準装備かオプションかは車両によって異なる)
オートバイ・自転車のライダー用や歩行者用のエアバッグも販売されている。また、火星探査機が火星に着陸する際にエアバッグを利用して着陸するなど、さまざまな方面で衝撃吸収のために利用されている。
[編集] エアバッグの仕組み
通常、袋体はコンパクトに折り畳まれてスマートに持ち運びができ、いざというときにはその中に気体を入れ、空間の許す限り対象物に相当した大きさに膨張させ、衝撃から対象物を守る。この一連の動作は、おそらく、人が日常接する風船のイメージにより、多くの人に良いイメージをもって歓迎される。
適した容積を持つ袋体に対象物が衝突する際、袋体内部の気体を外部に放出、もしくは内部で移動させることにより、衝突時の対象物に発生する衝撃を吸収(または緩和)する。
技術者でありアメリカ海軍に所属していたJohn W. Hetrickは、現在のエアバッグにあたる安全クッションを1952年に設計し、翌年1953年に特許を取得した。彼は魚雷で用いられている空気圧縮技術を応用して、自動車事故の安全性を高めることを思いついた。Hetrickはアメリカの自動車会社でも働いていたが、会社側は彼の発明を製品化することに興味を示さず、この発明から10年以上たつまで市場に出ることはなかった。
Allen K. Breedは衝突検知の技術を発明し、開発した。Breedコーポレーションは、1967年にこの技術をクライスラーの車に搭載し初めて市場に出た。同様の衝突抑制器"Auto-Ceptor"はEaton, Yale と Towne Incによって開発され、フォードに搭載された。この技術はすぐにアメリカで自動車安全システムとして販売された[1][2]。一方、イタリアのEaton-Liviaカンパニーはこれを改良したローカライズされたエアバッグを販売していた[3]。
日本でのエアバッグの発明は1963年に遡る。特許申請事務代行業のGIC(グッドアイデアセンター)を経営していた小堀保三郎が、航空機事故などで、衝撃を緩和させ、生存率を改善させる装置として考案した。後に一般的に搭載されるようになったエアバッグではあるが、当時としてはあまりに奇抜な発想だったため、発表の場では、日本人の関係者からは失笑を買い、相手にされることはなかった。また、エアバッグが、火薬の使用が当時の日本の消防法に抵触してしまうことから、日本でエアバッグが開発されることはなかった。一方、欧米の企業では、エアバッグの研究、開発が進められ、それにあわせて法規も整えられていった。開発が進むにつれ、その有用性が認められ、1970年頃からは日本でも本格的な開発が始まった。現在� �エアバッグは、世界中の自動車で、ほぼ標準装備となっているが、小堀が特許を有していた間は、実用化されていなかったため、特許による収入がなく、研究費などで借金を抱えていた。なお小堀はエアバッグの世界的な普及を知ることなく、1975年8月30日、生活苦から夫婦でガス心中を遂げている[4]。
エアバッグが最初に実用化されたのは、1970年代中盤のアメリカにおいてである。当時のアメリカにおいては車に対するロマンがなくなるという理由で、シートベルトの着用を法律で義務付けることに対して世論などから反発があった。そのため、シートベルトをしないでも死なないシステムを作るということがメーカーに課せられた課題となった。1971年、フォード社が顧客の車両にエアバッグを取り付け、モニター調査を行った。1973年にはゼネラル・モーターズ(GM)が、キャデラック、ビュイックなど数車種の量産車での装備を可能とした(ただし、エアバッグの誤作動による事故が発生したため1977年に生産中止している)。
1980年にはメルセデスベンツが、高級乗用車Sクラスにオプションとして装備した。メルセデス・ベンツが開発時に取得した特許は、安全はすべてのメーカーが享受すべき、の信念のもと、無償で公開された。初期のエアバッグは、一部の限られた高級車にオプション装備として搭載されるのみであったが、次第に乗用車のほとんどでオプションとして搭載されたり、上級モデルには標準装備されたりするようになった。一時期、エアバッグ設定の無い自動車でも装備できるよう、後付の機械式エアバッグ(レトロフィット エアバッグ)を製造・販売した会社もあったが、あまり売れず、現在は入手不可能となっている。そのため、ユーザーが、自らの好みに合わせて汎用の市販ステアリングホイールにに変更した場合、原則として運転席エアバッグが装備できない事になる。[5]
日本車初のエアバッグ搭載市販車は、1987年にホンダが発売したレジェンドである(運転席のみ)[6]。日本車では1990年代中盤から急速に普及した。
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